刷新されたGoogle Payアプリは、オープンバンキングやPSD2(欧州決済サービス指令第2版)を超えるのか?

Google Payの刷新は、世界のカード取引の約5%を占めるライバルApple Payへの挑戦というだけでなく、デジタル金融市場を変革する意向を表している可能性があります

James Shepperd  4 Mar 2021

2020年の後半、GoogleはアップデートされたGoogle Payアプリを発表しました。今回のGoogle Payの刷新により、フィンテック市場の競争がさらにヒートアップすることになります。今回の発表は、世界のカード取引の約5%を占めるライバルのApple Payに対抗するだけでなく、デジタルファイナンス市場を変革しようとする決意が感じられます。このアップデートは多くの方法で変革を実現する可能性があります。これからのデジタルファイナンスの方向性はオープンバンキングを中心とする2つの異なるアプローチが支配的になっていますが、このような環境にGoogle製品のイノベーションが入り込もうとしています。

最初のアプローチは、EUの 改正版決済サービス指令(PSD2)による規制の影響を大きく受けています。PSD2は、欧州の銀行に対して「開放すること」つまり認可を受けたサードパーティープロバイダー(TPP)が顧客の口座データに安全にアクセスできるようにすることを義務付けており、銀行や他のファイナンスサービス事業者の間でイノベーションと競争が促進されました。それにより、顧客は十分な情報を元に主体的にサービスを活用できるようになり、顧客エンパワーメントが促進されます。このような環境下における成功の判断基準では、市場競争、データ統合、セキュリティ、消費者エンパワーメントを改善した指標が重視されます。2番目のアプローチは米国で見られるものであり、たとえばGoogleとGoogleの決済アプリなど、規制ではなく、消費者の需要と採用に突き動かされる形で市場の競争とイノベーションが促進されるものです。米国にも規制の波が押し寄せることになると思われますが、現在のところPSD2と同等の規制は見られません。

ここでひとつ明確にしておきますが、ESETはGoogle Payのプロジェクトには関わっていませんが、セキュリティに分野でGoogleといくつかの継続的なパートナーシップを締結しています。これらのパートナーシップの詳細は、こちらこちらからご覧いただけます。

Google Payの新機能とは何でしょうか?世界30カ国に1億5000万人のユーザーを抱え、フィンテック市場で5年の実績のあるGoogle Payの今回の刷新は、既存のウォレット機能を継承しつつ、パーソナルファイナンスにフォーカスしており、より簡単に競争力のあるファイナンスサービスを検索できるようにしています。Google Payには、当座預金と普通預金口座の両方を利用できるモバイルファーストの統合的な銀行サービスである「Plex」が追加されました。このPlexサービスには、毎月の管理手数料や当座貸越手数料、最低残高要件がなく、暗号化などのセキュリティ機能が組み込まれています。

Google Payの新機能セットは、2018年から施行されているPSD2により欧州の銀行に導入された多くの機能と類似しています。たとえば、刷新されたGoogle Payには、オーストリアの総合金融機関であるErste GroupのGeorgeやイタリアの銀行グループであるIntesa SanpaoloのXME Banksなどのアプリと似たサービスを提供するアプリ内市場があります。これらの両方のサービスは、PSD2の競争推進条項に準拠して作成されています。最近では、検索エンジンに「[EUの銀行名]」と「オープンバンキング」と 入力すると、銀行が独自のサービスのコアとして、さまざまな統合機能を備えたGoogle Playのようなマーケットプレイスを作成しているかのように、オープンAPIの開発者ポータルやオープンバンキングのランディングページが表示されるようになっています。

 

多様化するグローバルファイナンスのイノベーションに対するアプローチ

ファイナンスはグローバルなものかもしれませんが、イノベーションへのアプローチは完全にグローバル化されているとは言い難い状況です。たとえば、PSD2のような規制のない米国では、銀行や他のファイナンスプロバイダーとの競争が激化し、テクノロジー企業とのデータ共有や統合のためのシステムを開放することが余儀なくされています。そのような状況下でのGoogle Payの今回の刷新は、当然の戦略のように見えるかもしれません。米国では、イノベーションの傾向として、テクノロジー業界の統合が変革の触媒となることが多くあります。ファイナンス業界では、オープン化(オープンAPI、オープンデータなど)が促進されています。業界が自由な競争を妨げるような行動に走ったり、変化を取り入れたり合理的に管理できない場合、政府は強制力を行使し、法律を制定して業界に変革を強く求めることになります。

しかし、この状況はEUとは異なります。PSD2により銀行業界が規制されてから3年が経過しましたが、銀行はオープンバンキングの環境で、サードパーティーによるデータやシステムへのアクセスを許可し、オープンな取り組みをアピールしています。ここでは、開発者ポータル、オープンAPI、銀行システムアーキテクチャの提供が法的要件となっています。しかし、競争環境が法制化されることが、実際に消費者の利益になるかどうかは、今後分かることでしょう。

プレスリリースやGoogle Payアプリのアップデートに関するさまざまなブログを読んでいると、規制を遵守することでイノベーションが推進されている現状があるにせよ、EUの銀行が技術的に進化していることから、単なる傍観者になることをよしとしなかったのかもしれません。2017年以降は、多くの欧州の銀行がオープンバンキングを実証するために多忙となった時期でしたが、2020年代にはオープンデータエコノミーへの移行でさらに忙しくなる可能性があります。簡単に言えば、これはGoogleが乗り出す運命の旅だったのかもしれません。

これは、EUの銀行が米国の銀行を引き離そうとする取り組みだという意見もあります。しかし、米国の銀行が概してオープン化に対して冷淡であるのにもかかわらず、十分に統合されておらず規制も整備されていない環境であってもイノベーションが阻害されているわけではありません。むしろ、多くのイノベーションがフィンテック開発者によって推進されてきました。トレーディング家計管理アプリなどの伝統的なサービスに対する多くの新規参入があったり、クリプトコインのような仮想通貨の大きな市場が設計されたりしています。Googleにとっては、ファイナンスやテクノロジー業界のイノベーションを「加速」 するための規制を必要としなかったと考えることができそうです。Google Payの刷新は、PSD2のような規制がない中で、オープンバンキングとオープンデータの重要な経験を積むための作戦であったのかもしれませんし、オーガニックイノベーションが反映されたものだったのかもしれません。

GoogleとEUの大手銀行の取り組みを対比させてみると、 INNOPAYのオープンバンキングモニター(OBM) - 開発者ポータルベンチマーク(2020年5月更新)で見られるように、Googleがこの分野に深く参入する理由は十分にあるように思えます。EUの規制が適用されている銀行環境のオープンAPI開発における「開発者の経験」とAPIの「機能範囲」の成熟度評価だけでも、欧州を拠点とする多くの大手グローバル銀行は、すでにテクノロジーとデータ競争において大きくリードしている状況です(少数の米国拠点の銀行や米国との関係性の深い銀行を含む)。

資産の競争かデータの競争か?

需要ベースのイノベーションは、牽引力を迅速に獲得しています。マージンの小さい小規模な経済圏では、フィンテックには強力な牽引力があります。サブサハラ・アフリカ地域では、M-PESAやMTNモバイルマネーなどのプラットフォームを利用してモバイルマネーを利用している10億人のピアツーピアユーザーがいます。アジアはどうでしょうか?TenX、Quoine、Keyberネットワークなどの人気の高いアプリがあり、フィンテックを積極的に活用している米国の後を追っています。おそらく、EUは、その規模と銀行を利用するユーザー数ではなく、ユーザーデータの広大な市場として見た場合に魅力があります。11月のアップデート版のリリースでは、非常にデジタル化が進んでいる市場であるオーストリア、エストニア、オランダを含むEU10カ国で初めてGoogle Payが利用可能になりました(Mastercardを使用)。この視点では、Google Payの新しい地域への進出は、より大きな意味を持つ可能性があります。

これはすべて、フィンテックやバンキングイノベーションに対する手法における欧米の対決につながるのでしょうか? それは恐らくないでしょう。皮肉なことに、Google Payの欧州上陸はPSD2に好意的に働き、EUの銀行環境にオーガニックな変化を与え、消費者の選択肢をさらに広げるのかもしれません。対照的に、比較的規制のない米国環境でのイノベーションについては、トップダウン型のアプローチによる制約がなく、代わりに市場主導型のイノベーション、アプリの実用性やセキュリティによって製品の成功が決定されるグリーンフィールドであると多くの技術者は考えており、新しい実験の場にもなっています。

セキュリティについての課題

多様なプラットフォームのAPI、システム統合、スタンドアロンのフィンテックアプリのセキュリティ、ファイナンスやパーソナルデータの認証や暗号化に関するさまざまなアプローチや規定に関する懸念が、フィンテック、金融の民主化、オープンバンキングで浮上しています。これらのアプローチの競争に関係なく、どちらにも共通するのはセキュリティという1つの重要な要件です。新型コロナウイルスによってファイナンスの形が大きな影響を受けている中で、このフィンテックがこのまま進化するかどうかは、セキュリティが重要な鍵を握っています。

欧州銀行監督局が設定した2020年12月31日の強力な顧客認証の導入期限が過ぎた2021年には、銀行や企業にとってコンプライアンスがさらに重要となっています。米国でも、セキュリティギャップを特定し、フィンテックアプリのデータセキュリティと安全なプロセスに関する課題に対処するために多くの研究が行われています。 家計管理アプリのMintや投資アプリRobinhoodに関する懸念がその代表的な例です。しかし、これらのテクノロジーの多くは、世界中の多くのユーザーにとってまだ新しいものです。ESETが10,000名の回答者を対象に最近実施したB2Cフィンテックの調査では、世界の消費者の40%が1~3種類のフィンテックアプリケーションを使用していることが明らかになりました。一方で、個人のすべてのデバイスにセキュリティソフトウェアをインストールしている消費者の半数に過ぎませんでした。セキュリティへの対応は、米国と欧州の両方のイノベーターにとって重要な問題であることに変わりはありません。

世界的な知名度のあるGoogleのような企業は、保護テクノロジー、セキュリティパートナーシップに多大な投資を行っており、Google Payアプリ内に実装されている暗号化や口座番号の仮想化のようなセキュリティテクノロジーは、欧州で安全なフィンテックサービスを提供するために確実にプラスとなります。この重要なデータエコノミーでリーダーシップを発揮することは、独自の専門性とスケールの両方を提供しながら、EU市場でも受け入れられるフィンテックサービスを確立し、今後のファイナンスのイノベーションを推進するための安全な場所を提供することにつながるでしょう。

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